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座卓部・新館 -tatami-room round table club-

真に受けてはいけない 




■2017/0818






ノーザンパインスネーク ( ヒマラヤンペルシャ )
Pituophis melanoleucus melanoleucus

DSCF7167.jpg



ノラと皇女と野良猫ハート 6話 『 世界平和 』


これほどまでの神回はそうそう目に出来る事は無いだろう。
ジュエルペット・サンシャイン以来だろうか。

気づいたら30回以上見ており、
100分以上の時間を同じヤギの動画に費やしているが、私はそれを無駄と思う事は無い。

寧ろ30分で5万ぐらいの価値の有る時間であった。


この6話であるが、メインキャラ達がヤギに成っているのだが、
これには監督からのメッセージが込められている。

作中でこの状況に対し、『 人が自由を求めた結果、それが今のあたし達 』という台詞がある。

人の思考でヤギに成り、人の中で在る上で必然と在る面倒事や苦痛から逃れても、
それは人として自由に成ったのではなく、人を捨て、人以外の何かに成っただけだ。

ヤギに成ってもヤギとしての公園の中・柵の中での生があるだけで、
自分が望んだ自由は手に入っていないということに気づくだろう。

そこには人は人の中でこそ、初めて人足り得るのだという意味があるのだ。



だが同時に、その逃げる・離れるという行動の必要性も込められている。

人の中で苦しいのならば、一度自分を構成する社会・観念・価値・定義・心理的欲求など全てに距離をおき、
全く違う時間を生きる中で、それが自分の何に成っていたのか、
それは自分に本当に必要なものであるのかを改めて考え、選択していくべきだと。

他人の中で他人の上で生きるのではなく、他人の中で自分の上で生きていくべきであると、
余計な苦労などせずに自分を大切にして成長していきなさいよと、自分のための努力をしなさいよと、
自分の理由で自分の上に自分の自由を創りなさいよと、自分自身にクリエイティブでありなさいよと、
今を生きる者達、これからを創る者達に向けて、
作品・監督からのメッセージが、きっと込められているのです。



歌詞で『 ヒマラヤンペルシャ 』と歌っているシーンでヤギが映されているのは、
その ヒマラヤンペルシャ と人に呼ばれているものは、果たして本当に ヒマラヤンペルシャ で在るのかと。

ヤギと呼ばれているものは本当は ヒマラヤンペルシャ ではないのか? という意味がある。

人が特定の目的で付けた名でしかないものに、
その存在を何も知らないのに一部の情報だけで対象への定義を無意識的に定めてはいないだろうか?

自分が思うほど、人はヤギを知らないし、ヒマラヤンペルシャの事も知り得てはいない。

人に与えられたものに無条件に縛られ、
アレが必要だ・それをしなければならない・何を持っていなければならない、
人にどう見られなければならない・どういう生き方をしなければならない等、思考や欲求を方向付けられている中で、
自分にとってそれは何で在るのかというものを、自らの何に成り、何処に繋がっていくのかという事を、
その欲求はどのような状況の上で、何を理由に自分に作られてきたものであるのかを、
一度改めて考えてみるべきではないかという有り難い問題提起を、
上記と合わせ2度に渡り視聴者に向け、厳かに促してくれているのだ。


人は自らとして生まれ、自らで無いものの中で生き、自らを失い、
そこから自らを知り、自らとして新たに生まれ、自らに還って来る。

そして昔、自分が願った自由は、果たして本当に自分の自由で在ったのかと考えた時、
『 あなたはもう答えを知っているはずよ 』 という最後の方の台詞に、
自らで無いものの中を生きてきた先に在る今の自らを見るのだ。

人の中でこそ人足り得るのだという本当の意味を、その時知ることになるのだ。
そして正しく自由を知り得た時に、人は啀み合うことを辞めることが出来るのだろう。


この想いを伝えたいが為に、
監督は今回の暴挙(神回)を、自身の人生(キャリア)と共にぶん投げてきたのだと思います。




ち ゃ ん と 供 養 し な き ゃ (責任感)




これは反則だ、あんなんやられたら笑わないわけ無いだろ。
ノラと皇女と野良猫ハートとは何であるのかという先入観を破壊することで、
3分30秒の ヤ ギ だ け の 実 写 映 像 と、作中のたった数言で監督の意図を表現しているのだ。

たとえこれが監督の墓標になろうとも、
私は 『ありがとう、ずっと忘れない』 という言葉とともに、牧草でも手向けてやろうかと思います。


そんなわけで私も世界平和のために、
6話の映像を握りしめ、ヤギ(パトリシアちゃん)の脚とオシリを撫で回す旅へ出たい所存であります。





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2017/08/18 Fri. 10:52 | trackback: -- | comment: 0edit

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