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座卓部・新館 -tatami-room round table club-

答えが無いという意味 (ほとんど毒と愚痴) 




■2017/0228





さて、これに関しては書いておかねばならんだろう。
ヘビ飼育に関してまたソコソコ毒吐いてるのでこの記事を見る方は自己責任で。

毒強めな上に結構記事が長い。
以前書いたようなことも書いてる。
半分は年寄りの愚痴のようなものだが (殆ど愚痴か?)







″飼育に答えが無い″
という言葉をたまに他所で見かけることがあるが、この言葉を、
技術・理解差異による人間の都合ではなく、
答えはその生体自体が持ち合わせているもので、生体が必要としてるものに合わせて常に変動するもの。
という意味合いで用いているのならば問題は無い。


だがこの言葉を、
初心者用のコピペ飼育下で生きているというだけでこのやり方でもいいのだと、
自分のやり方でも大丈夫なんだと、
その生体の環境適応範囲を誇大解釈し、生体の負荷耐性・丈夫さの意味を誤認しそれに甘え、
理解も追求も無く当面の安心感だけで自己完結的に用いているのであれば、
それは生体に対して理解する事を放棄したという宣言でしかない。



初心者ややる気のない人間に多いが、
明らかに状態が悪いのに ″自分はちゃんと飼えている ″と口だけ言っている人間は意外と多い。
まぁやる気の無い人間ならば状態など目にも映りもしないのだろうが。

ソコソコの頭数抱えてるのに数年以上・10年以上やっても、
皮膚の状態とその状態の理由一つ把握できない飼育者は本当に多い。


何度失敗しても、本気で理解するために挑み続けるならば問題は無い。
現象に理解を求める事、それはいずれは報われることもあろう。

が、上記の後者の意味合いで″飼育に答えが無い″という言葉を吐くのは、
飼育者が最もやってはならないことの一つだ。


そのスタンスでやっていたら、耐久力の高い個体を引くのが飼うための最大条件になってしまう。
そして数年で死んで終わり、また耐久力の高い個体を探して・・・というのを繰り返すだけになる。

それでは飼育ではなく、人間が何もしないで眺めれる時間の長さを求めているだけだ。


そもそもヘビの体の機能も、現状の状態や必要性も目の前に居る個体にあるものがあるのであって、
人間都合のやり方や認識でそれが変化するというのは可怪しいとは思わないか?

それは人間の認識一つで物理法則が幾らでも変わるという基地外発言と変わらない。




一般飼育者でよくあるが、
構造的な理解が無いのに飼育環境がどうたらという言葉を吐く連中が居るが、
なんの種類でも、
ただケースに入れ、水入れを置き、ウェットポイントを作り、シェルターを入れ、
ペットシーツを敷き、人の部屋とほぼ同じ湿度で飼育してマウスだけやって。

実質、このコピペ飼育の何処に環境の差異がある?

何が供給されている?

ヘビの構造において、何処に何が構築されている?

他に別途で供給しているものがあればいいが、本当に喰わせるだけしかしていない飼育者は多い。




生息地域の気温や湿度なんて見ても、その種のコンディションの理解には何一つ繋がらない。
その2つの要素で外界から供給されているものの、何が見いだせる?
どんな影響値が算出できる?

まず百葉箱の設置基準を考えろと。
根本的に百葉箱の設置基準と回収値は、ヘビの飼育基準ではないのだよ。


初心者が思うよりも環境からの影響は複雑で、要素の数も多い。

野外からの供給要素には、
単純に必要なものと、別に無くても構わないもの、コンディションを削るものがあり、
中には飼育下ではまず再現し得ない要素も幾つもある。

負荷においても、ある部分のコンディションを削るからこそ得れる必要要素もある。

野外環境において、ただ適応しているだけであって、本質的には必要の無い要素もある。

初心者が環境サイドから得れる情報量などゴミのようなものしか無いと自覚した方がいい。

結果、想定し得る状況・要素が少ないゆえ、″簡単に飼える ″という認識にしか繋がらない。

野外環境がしっかり見えていれば、″簡単 ″などという言葉はまず出てこない。

それは理解が無い人間特有の傲慢さでしかない。



結果、その種の飼育方法なんて考えても、コピペ飼育にしかならない訳だ。


流石に可怪しいと思わないか?
飼育方法とか言いながら気温と湿度だけしか弄らないのは。


全てのヘビがその2つでどうにかなるわけがないだろう。

冗談抜きでどこまで馬鹿なのかと。

それだけではコーンスネークすらまともには飼えない。


終いには気温の意味も湿度の意味も理解していない。
気温を上げるにしても下げるにしても、それがどういう経緯で何処に影響をあたえるのか、
それを考えずに、理解せずに適当に上げても下げても何の意味もない。

環境というものは実質的な現象の結果として、特定の要素が生体に供給されて初めて環境と言える。


例えば水準の低い所だと、
木材系の床材を使っていようと、定期的に床材に加水しなければ乾燥したまま使っていても意味が無い。
乾燥した床材から何が供給される?
乾燥してるだけならば新聞紙と変わらない。
意図的な乾燥は効果があるが、それは普段定期的な加水をしてる場合の上にしか成り立たない。

ガリガリに乾燥した床材使って効果や保湿がどうこうとか、何を使えばいいのかとか馬鹿なのかと?

キッチンペーパーや新聞紙などでもやり方次第では供給項目が成立できる。
が、乾燥したままでも何も問題は無いと認識しているのなら極めて問題外だ。



床材に保水されていることで何処にどういう効果があるかは簡単だから考えてみるといい。
皮膚が水分を吸収する役割がどう働いているのか、どのぐらいの量を求めているのか、
それが何処に繋がっているかなどだ。
影響箇所・要素は当然複数ある。
加水された床材に顔が常時接地していることの効果や、
常に床材から水分が揮発していく効果などは何気に大きいからな。
日々に換算すると本当に些細なものだが、それが数ヶ月・数年単位での蓄積となると話は変わる。

こういうものは長期的に考えれないと理解や技術はそこで頭打ちになる。



まぁ水関連の供給をする場合は、それなりに通気性は確保しなければならないが。
しっかり供給して程良く乾かす、これは基本だ。


湿度を通気性を悪くすることで確保するなんてのは浅薄もいいところだ。

湿度なんかを考えて、通気性の低いケースで飼育する人間が居るが、
それは体内の水分や体液・酸素の循環量低下にしかつながらない。
それでは当然総合的な代謝の稼働量は削られる。

通気性に関しては別口で書いているのでここでは書かないが、
環境がどうたらとか言いながら、野外の湿度・または中空水分の性質と、
小さなケース内での非循環性の上での湿度の性質が一緒だと思うなんてのは無知極まりない。

そんな事すら考えれないで知ったような顔してるものだから本当にくだらねえ。





人の手で自然から供給されているものを意図的に供給しなければ、飼育下では何も供給されてはいない。
エサしかやっていないならば何年やっていようと技術も理解も初心者と変わらない。

本当にそれだけでいいならば、種類ごとに体質・難易度なんてありはしない。

どんな馬鹿でもあらゆる種を何年でも生かしておける。

ヘビは野外で生活圏など選ぶ理由は無い。

それでは結局やっていることは、何も供給されない状況下に ″ヘビを置いているだけ ″だ。



ちなみに初心者が飼育個体に対してよく口にする ″ストレス ″というのはあまりにも漠然とした理由で、
自分の技術と理解の無さを押し付けるには実に都合のいい言葉だ。

これ、正確に言うと何処までいこうが、
要求項目遮断・供給不足による ″飼育下負荷 ″でしかないのですよ。

飼育下でストレスという言葉が適用されるのは、
人が居ると喰わない・食べてる最中に覗くと吐き出す・単純な人間に対しての警戒心など、
こういうものにしか実質適用はされない。

それ以外は要求項目が成立しておらず、ダイレクトな体への負担が発生しているだけだ。


例えば、

ストレスでは紫外線遮断と同じ負荷は発生しない。
ストレスでは栄養反映率に差は出ない。
ストレスでは脱水は蓄積していかない。
ストレスでは皮下保水からの体液循環補助は阻害されない。
ストレスでは表皮・皮下の機能力は低下しない。(一部免疫力は除く)

等、ということ。


単純なストレスがあらゆるコンディション低下のベースになるのならば、
あれだけの警戒心が発生する野外でなど爬虫類は生きてはいない。

ただ飼育下での警戒心要因でのメンタルダウンは免疫力の一部機能に絡んではくる。



触ったら、持ったらストレスになるとかいうレベルの話は正直呆れ果てる。
そんなものは総合的ではなく個体ごとに対応しろという話だ。

その辺で一番ダメなのは、ヘビがいつまでも人間に対しての警戒心を持ち続けることだ。
これがあると捕食量の低下・一部免疫力の低下等が発生するため、
神経質な個体でもある程度は何らかのアプローチで心理的距離を詰めていかねばならない。
当然、その個体ごとに無理の無いアプローチとペースでだ。
どうやってもダメな個体は居るが、出来るだけやる方がいい。


触らないほうが長生きするとかいう話はもう論外。
そんなことが負荷になるとか、いつ死んでもおかしくない状態でどれだけ何も供給せずに飼ってるのかと。


寧ろ皮膚や皮下の感触や体温推移を把握し、
そこからその種の基本体質の一部 ( 細胞の基本維持能力・脂肪や筋肉からの水分の揮発速度等 )や、
細胞性質の推移や、コンディションの構築状況を把握するためにソコソコの頻度で触ることになるはずだ。

皮膚や皮下の感触というのは実質ものすごい情報量が含まれている。
逆算出で割り出せるようになってくると触った感触というのは、
状態の表現であると同時に、その生体の大きな声であることにも気づくはずだ。


触らない方がいいというのは、その情報回収を放棄するということだ。


まぁ、それが見れるまでに理解や技術が上がっていないからこそ発生する発言と認識ではあるが。




何らかのコミュニケーションへの反応もそう。
こちらにどういう反応をするか、どういう動きをするかで見えるコンディションの要素もある。
その種のごとのテンションや筋肉の活性具合・動いた時の表皮の変化などは必須事項ですらある。

触らない方が・・・とかいう言葉を吐いてる時点で、
自分はそういう部分をやる能力が無いと言っているだけにすぎない。




まぁ私がこういうことを書かねば、誰がこの辺を口にするよ。

ヘビに関しては書籍などに記載されているものは国内・海外合わせて、
ものを本質的に理解するという点から言えば実質何の役にも立たんだろう。


実際私はヘビの飼育技術に関して書籍の類は読んだことが無い。


どうせ低い水準の手法しか書いていないだろうから今後も読むことは無いだろう。

事実、ヘビのジャンルにおいては一般層は読んでいてアレなわけだろう?
面白半分で読んでみたら、それこそストレスで説教始めると思う。


いやね、某書籍とか。
表紙掲載のコーンが脱水が蓄積したまま育成された結果が表皮に露見してる個体とかどうよ。
ネタでも笑えねぇよな。
まさかアレで飼育法なんて書内で説明してるのか?

首周りの皮膚の状態が何故思慮に入らなかった?
さすがにアレは気づいてる人間もそれなりに居るだろう。

本などで飼育法を提示する人間こそ、理解において私よりも上にいなければならんだろうよ。


色や柄の追求は一向に構わんが、
飼育下負荷でガレた個体に対して綺麗だなんだと言っているのを見ると流石に反吐が出る。

生体の魅力を見る際に、コンディションクオリティの認識が全く無いということだからな。



紫外線問題にしても、
そもそもヘビは紫外線遮断に対しての状態低下推移が耐久性の問題で遅いだけで、
負荷自体は発生しているというのに、
未だにヘビに紫外線が要るか要らないかなどという事を、
痩せてくるのは何か他の要因があるんじゃないかと、寄生虫が原因ではないかと、
技術や理解が無い人間や初心者同士が御託並べてるだけというこのヘビ業界の現状の馬鹿馬鹿しさよ。


結果、本来の問題・原因から遠ざかっているというね。


あげく飼育の基礎観念、または飼育上の自分の信念等が、
『 他の初心者レベルの誰かからの受け売り 』 なもんだから尚更考える切っ掛けが失われている。



いつまで 『 永遠の初心者の先駆者 』 を崇拝している気だ?



どこぞのサイトなんぞ飼育動物の幸せなんぞと謳っていても、
″ヘビには紫外線が必要無い ″ と記載していることで、
本質的にその人間がどの程度の水準で追求しているのか、自己満足を得ているのか、
というのはその矛盾性から見て取れるわな。


ろくにやりこんでもいねえ人間が誰かからの受け売りを、
″これが正解 ″というニュアンスで提示するんじゃねえや。


ヘビをメインでやっているわけでもないのに知ったような顔で話すなと。

それでは他の飼育者の足を引っ張っているだけだ。

ヘビに対してこれからも人間の不理解を隠しながら死んでいけと言っているようなものだ。

ヘビというのは大概の飼育者が思っているより遥かにややこしい生き物だ。
御託並べるなら最低限、私程度には腹の中を弄くれるようになってからにしろ。

ヘビにたいして思い入れも無い適当にやってる人間がコピペを ″これでいい ″なんて誰かに言うんじゃねえ。




そして初心者が外に情報求めて、
知ったような顔でコピペを口走る初心者の馬鹿な話を真に受けてその水準から始める。

ブログになどよってはそのコピペを、自分はこう飼育してますみたいなノリで語る始末。
これが正しい飼い方だなどというスタンスで提示する始末。

もう見てるだけで反吐が出る。

楽な方から始めようとするんだ、大体な。
そんな事をこのヘビ業界は何十年繰り返してきてんだ。
そして行き着いた先が、この一般層においては殆どの種類が飼育難度が高いという現状だ。
コーンやボールですらまともに理解されていない。

アオダイショウ等は本当に多くの事を教えてくれる。
あの種が簡単に飼えるとか冗談じゃない。
生息環境により耐久力にモノを言わせて対応してしまう種類だから、あの種の ″本質 ″は極めて把握しづらい。

本当にWDのアオダイショウをまともにやれているならば、10年・20年は生きて当たり前なのだろう。


現在ヘビの飼育の基礎として昔から流れている情報は、
始めて1年ぐらいの初心者が、その種が数ヶ月生きてただけで 『 こうやって飼うんだ 』 と、
安直な認識だけで口走ってるものと何一つ変わりはないからな。



納得いかないのはスネークセンターがやってる質疑応答のあのサイト。
あそこで運営者の一人がアオダイショウに紫外線は別に必要ないんじゃないかと答えている事。

あそこすらアオダイショウのまともなデータも取れていないということだ。
ヘビメインを謳う場所が一体何をやっているんだ。


まぁ管理してる生体見る限り、そ ん な も ん だ よ な ぁ と。


そりゃ外で飼ってりゃとりあえず生きてるわ。

せっかくの毒蛇連中も勿体無い。
仕上げに仕上げればさぞ愉快だろうに。
画像で見る個体、ガレた個体ばっかりじゃねえか。
喰わせてる量の問題じゃねえぞアレは。

供給差異で何がどうなるかも理解してない人間が適当に回答してる始末。

必要無いというなら太陽光が一切入らない部屋で部屋の電球の光だけで10年・20年やってみろと。

大概の野外産の個体が上記設定なら3年以内に肝臓を中心に内臓稼働量が低下し、食べてても痩せてくる。


ボアやパイソンはまだ遮断耐性が高いからナミヘビ連中よりは影響が出づらいけれど。

供給要素に対しての反映率もしっかり稼働させられて、初めて『飼育できている』と言える。


おそらく途中で死んでもこう言うだろう。
『栄養が足りなかったんじゃないか』 『寄生虫ではないか』 『爬虫類がかかる病気は把握しきれていない』



供給要素とコンディションの相関性が見えていれば上記の言葉は絶対に出てこない。

ヘビは病気の種類はそれなりに多いが、症状の発生条件は数えるほどしかないのだから。
(遺伝子要因の先天的な症状は除く)



それなりに丈夫な種類では、本当に訳のわからないトラブルは極一部で、
分からないにしても広範囲的なものではなく何がどうわからないか程度はきっちり把握できる。

供給要素差異による変化を年単位で把握しないから、関連性・相関性が理解できない。

それによる細かな変化のデータを集めないから視覚や感触で内側の状態が想定出来ない。


だから紫外線遮断による影響が出ている皮膚と、遮断影響は出ていないが脱水で乾いている皮膚、
喰わなくて痩せているだけか、喰ってても痩せているのかの違い程度も区別ができず、
何をすれば体にどういう影響や変化があるのか、それすら考えることが出来ないのだ。


故にどういう要素や負荷が積み重なった結果でそうなっているかも逆算して見ることが出来ない。
逆算ができれば体内のおよその構成状況も割り出せるのにな。

それに関しては少しばかり以前の記事に何度か書いているから探して読んでみるといい。


検証してみれば誰でも必然と同じ結論になるだろうよ。
その結果は人の認識差異ではなく、ヘビの構造に準じるのだから。


供給項目は人間が決めるものではなく、ヘビが決めるものだ。


紫外線やると色が上がるとか言ってる人間がいるが、何を求めて色を上げたいんだ?

色を上げた先で、上げることで、ヘビに何をしてやりたいのか考えているのか?

表皮一つにしても体表に分泌物が出される、色素胞が動く理由、鱗の体液の循環量が上がる等、
そういったものに意識を向けないで、意味を考えないで、色のため?

まぁそれだけ適当にやってるという証明でもあるよな、その言葉は。



飼育者によってやり方に違いがあるのは問題無い。
が、それはそのやり方の先に生体に対する基本供給項目や、
種別要求要素への対応が成立するのが前提条件での話だ。

やり方に違い = コンディション上これは削っていいだろう、となっているのでは駄目だ。
それは技術と理解の無さ、またはやる気の無さを生体の耐久性に甘えているだけだ。


何を供給するかしないかでの変化が見えないのは、
実際に変化が無いのではなく、その飼育者が見えていないだけだ。



憶えておくといい。

″変化を生まない蓄積は無い ″
″ 影響が無い環境は無い ″

ということを。



技術ややる気の無い人間がよく口にする正当化の言葉が以下のものだ。

『それをやらなくても生きている』


この言葉を口にした時点でその飼育者の本質、行き着く先は見える。
殺して殺して、最後は何も残らずにヘビから離れていく。
他人の足を引っ張るだけ引っ張って一方的な自己満足に陶酔してな。


飼育下でヘビの必要性を供給するのではなく人間都合での、

″これはやらなくていいだろう ″
″やらなくても大丈夫 ″
″やっても何が変わっているのかわからない ″

などを優先した場合は、
実質飼育下でやっていることは、
生体が何処まで負荷に耐えれるかという ″耐久試験 ″でしかない。



・・・飼育する上で自分のスタンスや行動が実質何をしているのか、という概念整理もつかないならば、
終生後悔することすら出来ずに何も見えないまま終わっていく。



その種を攻略できないまま輸入されなくなって、思い出話にしかならねえとか冗談じゃねえや。

何が起きていたかもわからず、殺し続けただけで終わるとか、何をもって文化と言える。

『 そこまでやらなくていい 』 という言葉が出るならば、何のためにヘビを飼育する?



何においてもそうだが、自分で考え、仮定し、検証して得た理解と、
理解水準が低い状態から他人(初心者)の言葉だけを受け取り、ただ反芻している状態では全く違う。

そもそも自分で理解する気の無い人間は、検証もしないし、自力で考察をしないため、
事の真偽を事実状態ではなく、信憑性でのみ判断する。

どんな話を聞こうが、最終的に現状の自分にとっての都合の良さしか選ばない。

故に流通量の多い情報・水準・飼育方法、知名度の高い人間の言葉、
そしてそれに準ずる現状に対して自分の安心感を求める素人判断を、
″正解 ″または ″安全 ″として判断しやすい。


そんな状態なのに、情 報 の 選 別 が 大 事 とか言ってるんだから笑えるわな。

その手の連中は何十年やろうと初心者から卒業することは無いだろう。

選別とか言ってる時点で他人任せなのだからな。


現状飼育している人間、これから始める人間には出来るだけ早くこのレベルから抜け出てほしいものだ。

頭数抱えている人間は特にだ。


さて、この記事をちゃんと読む人間は記事公開から1年で何人居るかねぇw




自分の理解や技術を上げる事で何が手に入るのか。
単純な話、 ″生体の安全性と快適性・コンディション・死亡率の低下 ″ ・・・それだけだ。
が、それをどう捉える?


100%は無い、だが理解を積み重ねた分はマシになる。

どれだけ理解しても足りないもの、目に映らないものはある。

失敗も後悔も敗北も積み重なる。

それでも今までの自分よりはマシになる。




要求項目が遮断されればすぐ死ぬような生き物はわかりやすいだろう。
それこそ生きていればある程度は正解の範疇だ。

が、ヘビの場合は異様な耐久性と状態推移の遅さがある。
そのため、″生きていれば正解 ″というのはヘビには通用しない。

これは爬虫類の中では特異な要素だ。

この要素の都合で、簡単に飼えるなどという安直な認識に繋がっているわけだが。

ヘビの状態推移の遅さがいつまでも理解の壁になるのであれば、
現状その程度のレベルでしか対象を見れていないという証明だ。



皮肉な話、理解量が少なければ一つの失敗・現象から学べる量は少ない。
理解が増えれば増えるほど、一つの事から回収できる情報量は当然多くなる。

無知・不学は損益しか生まない。
それは経過年数により自分に突き付けられる。



ヘビでは2~3年生きていればすごいと言われる種は多い。
が、2~3年経過する間にコンディションが低下して死に向かっているのと、
2~3年経過する間にコンディションが上がり続けているのとでは、
そこに積み重なっているものの意味、年数の意味が180度異なる。




何度も言っているがヘビだけですよ、理解や技術が極端に遅れているのは。


子供が考えたかのような方法を与えられて、それだけしかしない。
そんな所から理解や技術が進展するかよ。

適度に死にやすい種は逆に技術の確立も早かろうが、
ヘビの方は耐久性の都合で問題を認識されづらいという壁があるから厄介だ。



私にはまだ学ばなければならない事が多すぎるし、
皮肉な話で、理解すればするほど、自分がどれだけまだ技術が甘いのかというのも見えてしまう。

ほぼすべての種をこなせるようになろうとしているからキリが無いが、それは言い訳にもならん。
それでも私は本来、もっと動かねばならんのだがなぁ。


野外産飼育難種において、同じ殺すならば、
誰かの手元でなく、私の手元で殺さねばならないぐらいの意識はある。
失敗や敗北を先に繋げる力は当然半端な連中よりはあるからな。

そして死にかけの個体を買うのもいい経験になる。
嫌な話だが、死に向かう推移を見れるだけでも結構な理解が得られる。
無論、それなりに構造が見えればの話だが。


まぁ他所で飼育されている個体も、画像見れば大体飼育下で何が供給されていないか、
何をしていないか、今までどんな負荷が蓄積してきたかは結構わかるので、
そこから以降の蓄積と今までの推移を算出して、
細かなデータの回収や検証(当然反面教師的な意味で)に利用する、
ということはしているけども当然それでは足りない。
問題がパターン化している都合でな。




ひっそりとやっている人間の中には当然ウデのある人間も居るだろうが、
基本そういう連中はあまり表に出てこないし、出ててもロクに情報なんか流さないだろう。

苦労して得た理解を自分だけのアドバンテージにしたいと思うのは当然だ。

もっとも私も細かい部分は記載していないしな。

というか、記載出来ない部分が多いのだ。
状況・状態を理解するにしても、
何処がどうなっているかなんてのはダイレクトに認識できるものばかりではない。

何十・何百もの細かい部分の理解の積み重ねで漸く見えてくるものというのはかなりある。
一見関係の無いような部分から算出される理解すらある。
その蓄積されたバックフィールドありきでなくては話しにならないのだ。

そして理解とともに、その種や個体の体の感覚を出来る限り自分の感覚へと昇華させる。
感覚化ができて漸く理解が生きてくる、微調整ができる。
それを逐一文章化するのは不可能だ。

ましてや私は基本、非言語で思考を回す。
言語イメージで処理していたら面倒で仕方がない。



少し考えればわかると思うが、
ぶっちゃけた話、ヘビに対しての基本的な供給項目なんてのは種を問わず殆ど一緒だ。

ただ変わるのは、手法によるアプローチの仕方や、
供給量や供給ペース・組み合わせやタイミング、
供給媒体や消耗・消費のさせ方という微調整。

構造や代謝に対して、″その場所に何故必要であるのか ″ という理由。

その辺が変わるだけだ。


成長因子・導入時のコンディションの底上げの手法や部位構築、
種別の要求要素・要求比重等はまた別の話になるけれど。

その微調整にかなり技術や理解が求められるが、
″状態の良さ ″の構成内容・定義は基本的にほとんど差は無い。



しかし供給要素の遮断により発生する、
コンディション低下・機能力低下・機能障害・病気・自発抑制なんてのは可也のパターンや種類がある。

その状態低下や症状が、
どういった体内の構成状況・要求項目の遮断から発生するのかを理解する必要がある。
それこそキリがないレベルの話になるが、少しでも得れば変わる事は多い。





ある程度ものを理解した人間は、
人間都合での ″飼育に答えが無い ″などという言葉は決して吐くことはない。

自分のやり方がどうこうではなく、何が対象に必要かを考える。

変化の無い環境など在り得ない。

良いものも悪いものも彼らに蓄積していく。

生物である以上、構造体である以上、 ″今何が必要か ″というのは必ず発生する。

答えは奴らの腹の中にある。
くれぐれもそこを履き違える事のないように。




失敗や殺すのが間違いなのではないのですよ。
これでいいだろうと飼えてるつもりになるのが間違いなのですよ。

それは人にもヘビにも何一つ成すものも、残るものも無いからだ。




ヘビの飼育技術の確立?
それは唯の無知と傲慢だ、私など遥かに遠い。

自分が理想とする水準から言えば現状の私などゴミに過ぎない。
本当はもっと多くの種に挑み、データを回収し、結果を出し、更に理解を増やさねばならない。

それなりに基礎が丈夫な種類は、私は構造理解の上で確立出来てるものも多く、
丈夫な種なら安全な供給マニュアルみたいなものはできるけどな。
しかし下手物相手では寧ろまだまだ話にならない・・・が、ヘビの大半は下手物系・・・というわけだ。


そもそも常に種別・個別の状況・状態に合わせて供給や対応、調整が変わるため、画一的な手法は成立しない。

同時に、彼らの必要要素と現状の状況・状態は人の認識・都合では変化はしない。

構造理解・概念整理は何のジャンルでも必要なもの。
必要としているものを理解し、その時々に供給できて、それが積み重なり漸く形になる。



求められるのは人間側の研鑽と理解のみだ、安心感など求めるな。





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2017/02/28 Tue. 12:09 | trackback: -- | comment: 0edit

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